今月の田舎モン!は、檜原村の田丸光起さん。

今月は、東京都檜原村にお住まいの田丸光起さんにお話をききました。

 

こんにちは、皆さんお元気ですか?
東京はだんだん暖かい日が増えてきました。

ある時、春の近づく気配を感じた田丸さんはある決心をします。
今回は林業の深い話をまじえつつ、都会の人と田舎の人の季節感を語ります。

このコーナーでは毎月1名ずつ、田舎で暮らしている人にフォーカスをあて、
実際の田舎暮らしの「ホントの話」をうかがっていきます。

毎回、色んな人に登場していただいていますが、それぞれにストーリーがあり、
編集部も楽しみなコーナーになってきています。

今回お話をうかがったのは、ECOFFスタッフでもあり、
最近話題の東京都檜原村(ひのはらむら)で林業に従事している田丸光起さんです。

今週は、前回にひきつづきECOFFの宮坂と田丸さんの対談をお楽しみください。

 

 

田舎より、東京の方が季節感を感じるのかもしれない。

宮坂山野の彩り
もともと広島出身だったけど、
大学に入って東京で生活して、
そのあといろいろあって檜原村に行ったわけだけど、
広島から東京にきた時のギャップと、
東京から檜原村にきた時のギャップの話、何かあれば。

 

田丸
広島といっても、ぼくが住んでいたのは市内なので、
ふつうの生活ですよね。

ただ、自分は広島に住んでいた時に小さい時から母親の実家で遊んでいたんですよ。
そこでぼくは小さい時から遊んでいて、春になるとおじいさんと山菜を採りにいったり、
田植えの時期には田植えを手伝ったり、稲刈りの時期には稲刈りを手伝ったり、
夏休みに行ったら川で泳いだりとか。

自分が小さい時に遊んでいた田舎の風景とか、
田舎のじいちゃんばあちゃんの生活のリズムみたいなのが
けっこう今の仕事にすごく影響していて。

バックグラウドとしてはそういうものがありました。

東京に単純に出てきた時には東京はすごいなと思いましたよ。
電車の本数も多いですし。電車っていったら広島ならだいたい3両編成くらいですよ。

でも山手線なんか新幹線みたいじゃないですか。しかも5分に1本来るし。
いやー、すごいと思いましたよ。

まあ、どこにいっても人は多いし。
よく言いますけど「今日はお祭りか?」と思ったり。

まあ、東京に出てきたのはそういう一般的な話かもしれないですけど。
そういうギャップはありました。

でも逆に思っていたより緑は多いなと思いました。

 

宮坂
へえ

 

田丸
よくよく話を聞くと広島と東京じゃ土が違うみたいで。
広島は花崗岩質の土というか、わりかし水はけのいい、
あんまり土の肥えてない土地みたいなんですよ。
だから木もそんなに大きくなっていないですし。

でも東京って公園に行けばすごく大きなケヤキがボンボンボンボン立ってたりとか。
桜並木がきれいな道路があったりとか。

意外と緑は多いなと思いましたけどね。
そういうところはわりかし東京も素敵だなとは思いましたね。

 

宮坂
それはいい話をきいた。

 

田丸
だから、そういう大都市を感じる側面もありましたけど、
意外と緑が多いところだなとは思いましたね。

 

宮坂
なるほどね、それはまさに地方から来た人ならではの感覚だね。

 

田丸
そうかもしれないですね。

 

宮坂
おれは緑が多いなんて一度も思ったことがないからね。
(ECOFFの事務局がある)文京区はわりと緑がおおいんだよ。

有名な庭園もあるし。
それでも、まさかそんなことを言われるとは思わなかったから。

ちょっと面白いね。

 

田丸
逆にいうと東京の人ってたぶんそういう四季の移ろいみたいなの…。
昔でいう都があった京都じゃないですけど、
大都市の生活をしているけど四季の移ろいを
生活のなかに感じるっていうモチベーションがある。

たとえばそういう庭園だったりにしてもちゃんと手入れされているだろうし、
街路樹にしてもそうだろうし。
そういうところはもしかしたらあるのかもしれないですね。

 

宮坂
そうだね。

そういわれると、東京の人ってふだん自然を感じていないと思っているから、
だから余計に春になったら花見に行きたいし、
夏になったらバーベキューやったり花火観たりしたいって思ってるから、
そういう季節を感じようとする心は、もしかしたら地方の人よりもあるのかもしれないね。

 

田丸
無意識の欲求ですよ、たぶん(笑)

 

宮坂
そうそう、地方の人は別にそんなこと考えなくても四季の移ろいを感じるじゃん。
東京の人は感じないから。

 

田丸
逆に言えばそこまで都市生活にどっぷりつかってないから、
それを求めてないというのもあるかもしれないですね。

すごく中途半端な状態かもしれないです。
そんな気がしますけどね。

で、檜原村に来てですよね。
まあ、とんでもないところですよ(笑)。
ここは東京かと。

 

宮坂
広島から来ても?

 

田丸
いやあ、広島から来てもとんでもないと思いますよ。
ぼくは田舎によく遊びに行っていたから、そういう自然の濃さとか
自然の豊かさみたいなものはわりかし受け入れやすかったですけど、
ただ同じ東京都と考えるとやっぱりすごいギャップはありますよね。

まず、コンビニがひとつもないし。

 

宮坂
ないんだ。

 

田丸
ないですね。

 

宮坂
ガソリンスタンドもないんだっけ?

 

田丸
ガソリンスタンドは一応あります。一応みんな農機具とか使いますから。

まあでもこの家に来たときにも風呂は薪でしたからね。
風呂にはいってビックリしましたよ。
水の蛇口が1個しかないんですよ(笑)

 

宮坂
あれ? 赤いのはないの? って(笑)

 

田丸
シャワーもないし、赤色の蛇口もないし。
水の蛇口が1個しかない。

で、外に回ってみると、薪が積んであって、ここに火をくべなさいよみたいな釜があって。
それでまあ、理解はしましたけど。

 

宮坂
そっか。田丸は言ってみれば、古民家っていうほどでもないけど、
東京の人に言わせれば古民家に住んでいるわけだよね。

 

田丸
そうかもしれないですね。

 

宮坂
来たときには、そういう状況だったんだ。
で、今はお風呂はどうしてるの?

 

田丸
今は、シャワーつけました。さすがに。

 

宮坂
それ自分でつけた? ガスも入れたの?

 

田丸
付けましたね。
そうそうそれと、田舎暮らしするなら絶対自炊できないとダメですね。

 

宮坂
そうだよね。

 

田丸さんが畑を始めた意外な理由

 

田丸たまファーム耕作中のようす
田舎に行けばよく人からもらえるって
言いますけど、
そんな毎日とか毎月もらえる
わけじゃないですからね。

たしかに人付き合いのなかで
たまにもらいますけど。
基本的には自炊できないとだめですね。
コンビニもないし。

まあでも逆にいえばその延長線でぼくは畑をやり始めたところもありますね。

 

宮坂
ああ、「たまファーム」。

※「たまファーム」については、コチラをご参照ください。
http://rookie-chainsaws.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-5ede.html 

 

田丸
たまファーム。そうです。

料理を作り始めるようになって、ぼくは林業っていう仕事柄、
体を動かす仕事なんでしっかり食べるっていうのも仕事のうちかなと思っているんで。

ぼくはそういった意味で3食カップ麺とかじゃなくて
ちゃんと栄養のあるものをバランスよくとるように心がけているって
いうのもあって畑をやりはじめました。

 

宮坂
畑をやり始めたっていう理由。
つまり、自分でつくったほうがいいって思った理由はなんなの?

 

田丸
これはまた不思議なもんでですね。

檜原村の冬はめちゃくちゃさむんですよ。
なんにもやる気がおきないほど寒いんですよ。
家が寒すぎて本が読めないし。

まあ、2年目3年目になって、だいぶそういうところの対策はちゃんとしてきているんですけど、
1年目の冬があまりにも寒くて。

やっぱり日照時間が短いんですよね。
谷にある集落なんで。
寒くて寒くて。

まあでもいくら寒くても春がくるわけですよね。
やっぱあったかいんですよ!

新芽とかもだんだんだんだん芽吹き始めると、なにもせずにはいられなくなるんですよね。
畑の一角を見てみると「おお、スペースあるじゃん」って思って。

もう、土が触りたいという欲求にかられたんですよ。
あまりの冬の寒さと、なんていうんだろう。
こう、生命感のなさにそれがギャップになって、
春が来た喜びと共に自然と畑を耕しだしたんですよ。

 

宮坂
そうなんだ!

 

田丸
そうなんですよ(笑)

 

宮坂
そういう話がききたいんだよ(笑)

 

田丸
それが畑作りの原点ですね。

 

宮坂
なるほど。
すごくいい話になってきたね(笑)

 

田丸
東京の都心にいると家のなかでもビルのなかでも植物があったり
冬でも多少の植物あるじゃないですか。

夏になっても春になっても、まあ、そんなにみんな意識しないじゃないですか。
山の木々であったり、どういう花が咲いていたりとか。

まあ桜ぐらいは意識しますけど。
自分は林業もしているし檜原にも住んでいるから春の新緑がすごいきれいだったりとか、
夏になるとすごいたくさんの虫が見れたりだとか。

秋になると冬に向けて山の木々だったり、
草花だとかがだんだん冬支度をしてちょっとずつこう、
寂しくなっていくというかなんというか…。

そういったなかで冬ってすごい生命力が…生き物の気配がない時期なんですよ、冬って。

そういう春夏秋って生き物のバイタリティに溢れている季節とはいっぺんしていて。
逆にいえばそのギャップがあるからこそ、
夏とか春に自然の豊かさを感じられるっていうのもあるかもしれないですね。

 

宮坂
なるほど。それは、広島にいたときもそこまでは感じなかった?

 

田丸
そこまでは…。

広島にいたときもそこまではかんじなかったですね。
基本的に小さいころだったんで。

冬は冬で雪が降って楽しいなとか。そんなていどでしたけど。
やっぱり一年通して住むっていくことで、感じられるものは大きいかもしれないですね。

 

宮坂
なるほど。

 

田丸
好きな時期だけいるっていうのと、
一年を通してどの季節もその土地にいるっていうのはすごく大きな違いかもしれないですね。

だから、いそがしいからといって収穫の時期に田舎に行っても、
たぶん、その田舎の本質をしれないだろうし。

逆にいえば田舎の人っていうのは忙しくない時期もなにか農閑期のときでも
仕事をちゃんと持っていたりするじゃないですか。

そういうところまで知らないと、
やっぱり田舎の本当の暮らし方とか厳しさとかはわかんないような気がしますね。

だから一年を通して生活してみて、田舎のいいところもあるし悪いところもあるし、
でも逆にいえば悪いところ…悪いって言うかその厳しい季節を知っているからこそ、
春とか夏の喜びが増すって言う部分もあるかもしれないですね。

一年をとおして暮らしてみればなんとなくわかるんじゃないですかね。

 

檜原村の空き家事情

 

宮坂空き家のイメージ。ちなみにこれは四万十の空き家です。
それで一年毎に、やっぱり夏は暑いし
冬は寒いから、自分で家にも
生活にも工夫をして。
ちなみに今住んでいる家っていうのは、
誰かからの紹介で?

 

田丸
一応青木さん(田丸さんのつとめる東京チェンソーズの代表)なんですけど。

 

宮坂
そういう貸家って檜原村はけっこう多いの?

 

田丸
え〜っと。多くはないと思います。

 

宮坂
やっぱり多くはないんだ。

 

田丸
事実として空き家は多くあると思うんですよ。
ただまあ、それが物件として並んでいるかっていうと、それは少ないですね。

 

宮坂
つまり、人づてでないと分からないという意味?

 

田丸
そうですね。

 

宮坂
やっぱ個人的な関係になるのかな。家を貸すとか貸さないとかっていうのは。

 

田丸
そういうパターンが多いと思いますよ。

 

宮坂
なるほどね。
やっぱ、田舎に住むにあたって一番のネックは家がないっていうことだからね。

実際空き家は多いじゃん。過疎が進んでいるから。
でも、空き家は貸したくないんだよね。
だから「空き家バンク」とか行政でいろいろやってくれているけど。

田丸の場合は東京チェンソーズで働くっていうことが決まっていたから、
青木さんとしても必ず見つけなきゃいけなかったわけだよね?

 

田丸
うーん、どうなんですかね。
たぶんぼくが仕事をするっていうタイミングでたまたま見つかったみたいなんで。

逆にいえば、ここを寮みたいな感じで、
東京チェンソーズの同期と一緒に使うっていう予定だったみたいですね。

 

宮坂
あ〜、そっかそっか。それがいいよね。

 

田丸
そうなんですよ。

結局、1人は地元がとなりの町で、もう1人はお子さんもいたんで。
だから共同でっていうふうにはできないよねっていう話で、ぼくだけになったんですけど。

もう1人同僚がいるんですけど、
その人は檜原村の湯久保っていう集落に引っ越してきていて。

で、その人はお子さんもいるんですけど、湯久保ってちょっとまたこれも辺鄙な集落で。
まあ檜原村の、なんていうんだろ。天空の集落なんですけど。

そこもどういう経緯で家を見つけたのかは、はっきりは知らないんですけど。
でも自分で探してそこに引っ越してきたりしているんで。
まあやっぱり人づてとか、そういうのだと思いますけどね。

 

宮坂
そうだよね。
他の村行ってもさ、本当たまたま見つかったとかっていう話が多いんだよね。

だからそういう話を聞いておれが思うのは、
どっか暮らしたいところがあっても、結局タイミングなんだろうなって思うけどね。

田丸もたまたま仕事があったからね。
もともと林業をやろうとしてた?

 

田丸
そんなことはないです。
大学に入る時も林業したいと思ったわけじゃなくて、
だってぼくは4年の時に消防の試験受けていますからね。

 

林業は目に見えない仕事だから、衝撃を受けた。

 

宮坂木を育む田丸さん
じゃあ、どういう経緯で東京チェンソーズに?

 

田丸
これが、自分が小さいときに田舎で
生活していたというか、
田舎によく遊びに行っていた
というのがすごく関係していて。

で、大学の4年生のときに研究室の先生の関わっている林野庁の
「美しい森づくりフォーラム」というディスカッションがあって。
それの手伝いにたまたま行ったんですよ。

で、その時にパネラーの一人で、
ぼくの田舎で林業をずっとやっていた人の話をたまたま聞くことができたんですよ。

ぼくは今まで確かに田舎は好きで、やっぱりそれなりに思い入れはあったんですけど、
自分が小さいときから遊んでいた川だとか
山だとかをフィールドに仕事している人たちが実際にいて、

そういう人たちが林業という仕事を通して
田舎の環境を維持してきたんだなっていうのをそのときすごく感じて…。

自分はその時まだ消防を目指してたんですけど、
とりあえず地元に帰りたいと思っていたんですよ。

それでそういう仕事があるんだったら、
地元に帰って自分も林業したいなって思ったときに
たまたま青木さんが東京チェンソーズで働いているっていうのを知っていたんで。

将来的には地元に帰りたいと思って、自分の過去と、
将来的に林業をやっていきたいっていうのがその森づくりフォーラムで、
直線につながったというか。

そういう経緯で林業はすごくやりたいなと思って。
だから最終的には地元に帰りたいっていう意識もすごいありますし。

 

宮坂
ちなみに、その田丸の人生を変えるほど影響を与えたその人はどんな話をしていたの?

 

田丸
その人の話は、すごい感銘を受けた言葉とか話とかではなかったんですけど、
林業って実際見ようと思わなければ見えない仕事なんですよね。

たとえば、テレビをつけたらやっている野球選手とか、
警察官とか消防士とは違ってやっぱり山のなかで仕事しているし、
チェンソーの音ぐらいは聞こえるかもしれないけど、
なかなか見ることのできない仕事なんで。

その存在自体があったこと自体が衝撃的ではありました。

 

宮坂
なるほど。思いも掛けない仕事だよね、たしかに。

 

田丸
そうなんですよ。
それが自分の遊んでいた田舎だったり川だったりっていう環境を
きっと守ってきているはずだから、
それはすごい大事な仕事だなと思って。

逆にいえば山さえあれば自分だって田舎に帰れば仕事ができるというのもありましたし。
やっぱり、言ってしまえば簡単かもしれないけど、
自然環境をすごくダイレクトに結んでいる仕事だから、
地元に帰ってすごいやり甲斐を感じるだろうなと思いましたよね。

やり甲斐というか地元に帰って貢献できるんじゃないかという気持ちはありますよね。

 

宮坂
うんうん。
地元に帰ったらどんな林業をしたいと思ってる?

 

田丸
それななかなか難しいですね。
今も自問自答を続けていますけど。

一つは企業として林業をやること。
あとは個人として森づくりをすることのどっちかだと思っているんですよ。

日本の林業全体を見ると有名な林業地っていわれるところは
基本的には何百年もつづいているんですよ。

その何百年もつづいている林家は基本的には全部個人経営なんですよね。
代々の山を受け継いでいるところがほとんどなんですよ。

そう考えると、たとえばさっき言ったような企業の経営って
利益を追求するものだったりするじゃないですか。

それって資本主義になって、ぼくは木が何百年も育つあいだ、
企業って存在しているのかなって思うんですよ。

たとえば日本の有名企業にしても50年ぐらい経って企業として世界的な地位が
だんだんだんだん低下していることもあるじゃないですか。

いくら資本を大きくした会社であっても、
たとえばそれが百年続く企業でありうるのかっていうのが、
すごい、そうなのかな? って疑問に思っちゃうんですよ。

 

宮坂
持続的ではないよね、間違いなく。

 

田丸
そうなんですよ。
やっぱりお金がないとまわせないじゃないですか。

でも木を育てたりすることって100年、200年のスパンで考えないといけないから、
そんなことは言ってられないところはあるんですよね。

だから、会社としてやってもいいと思うんですけど、
でも会社としてやるにはぼくはある意味無理があるじゃないかなと思っていて。

そういった意味では個人でやっていく方が。
仕事は別にやって、自分で山を持ってその山を代々管理していく。
そういう方法がいいんじゃないかなって最近は思っているんです。

 

宮坂
なるほどね。

 

田丸
それで、さっき言ったように今日本にある林業事業体で
◯◯林業っていうふうにやっているところは
だいたい家族経営で代々つづいているところなんですけど、
その代々つづいている第1代の人は何をしてきたかっていうと、
みんな木を植えて木を育ててくることまでしかできなかったはずなんですよ。

でもその一人がいなければこうやって何百年も続く
林業会社になり得たわけじゃないと思うんですよね。

だから自分は、自分の代で結果は出せないかも知れないけれど、
自分がそういうキッカケになれるんだったら
自分の思う山づくりっていうのを追求してみたいなという気持ちはありますよね。

 

宮坂
なるほど。深いですねえ。
たしかにそうだよね。資本主義社会とはまったく違うベクトルにあるよね。

 

田丸
そうなんですよ。
それを同一のベクトル上に乗っけてもいいものなのかどうか。

 

宮坂
それでおれもちょっと思うのが、その田丸の林業の考え方と似ていると思うんだけど、
農業っていまどんどん大きくしようとかさ、
いろんな企業がどんどん参入していって巨大化させようとしてるじゃん。

で、「今のやり方じゃ儲からないでしょ。だから規模を大きくしなきゃダメなんですよ」って
言ってどんどん規模を大きくしていってモノカルチャーにしようとしているじゃん。

それでアメリカとか失敗しているじゃん(編注:環境破壊につながったという意味で)。

それとまったく同じようなことをやっているのを見てね。
やっぱ違うと思っていて。

林業も、企業でやっていくのは難しいと思うじゃん。
農業も同じで、水田とか畑とかそれぞれ意味があったわけじゃん。

ただ米をとるだけのものじゃなくて、それがダムの代わりにもなっていたりしたから。
やっぱ、農林漁業という第一次産業は
絶対に資本主義のベクトルとは相反するものだと思うよね。
持続性を考えていったらね。

 

田丸
そうかもしれないですね。

 

理想の山づくり

 

宮坂よりよい山づくりのために田丸さんは自問自答する
もっと全然違う考え方で林業もやっていく
必要がある気がするな。
でも林業も大規模化しようって
動きなわけでしょ?

 

田丸
そうですね。
ずっとその流れではありますよね。

大規模化っていうか、そのたとえば東京チェンソーズもそうなんですけど、
今のそういう林業会社って基本的に◯◯さんの山の間伐とか□□さんの山の枝打ちとか…。
その山に入っても次いつ入るか分からない現状なんですよ。

要は山を最初から最後まで手入れしているっていうわけじゃなくて、
仕事が出てきた段階でそれぞれに分配されたり
それぞれに入札として入るっていう感じなんで、
そのときはお金はもらえるんですけど、その時は作業するんですけど、
じゃあ次いつその山に入るのっていうのがわかんないんですよ。

でも森づくりってぼくはやっぱり木を植えたところから切るところまで
全部に携わらないといけないと思っているんですよ。

それができるのは企業としてではなくて、「自伐林家(じばつりんか)」っていう、
個人で山を管理している人じゃないとできないと思うんですよね。

そういう人たちってなにが会社の人たちと違うかっていうと、
やっぱり山に対する愛情が違ってくるわけですよ。

自分が植えた木出し自分が手入れしてきた山なんでどれを切るかっていう話になっても
普通の間伐は「じゃあ何割切りましょう」って言って、
3割だったら10本中3本単純に切るっていう単純作業なんですけど、
でも自分の山だったら、山の木一本一本見ながら間伐するはずなんですよね。

ぼくはそれが本来いい山にするための作業だと思っているんです。

でも効率とかそういう利益とかを考えていくと、
そういう仕事じゃあなかなか難しくなってくるというところがあるんですよね、やっぱり。

そうやって考えていくと企業で森づくりに付き合うのは、
自分はどうなのかなという気がしますね。
無理があるような気がしているんですよね。

 

宮坂
なるほど…。
色々と悩みながら、学びながら、仕事しているわけだね。

 

田丸
そうですね。
あと、東京チェンソーズは会社ですけど、
東京チェンソーズ自体は新しいことに挑戦しているんで。

そういった意味では今すごく勉強になることもたくさんあるし。

東京チェンソーズ自身があまり大きい会社ではないんで、
ぼくの思っていることもみんなに反映したりすることができるので。

そういった意味ではすごくやり甲斐はあると思っています。
ただ、最近は将来的には個人で山をもったほうが
いい森づくりができるんじゃないかっていう考えは少しずつ持ち始めている現状ですね。

 

宮坂
なるほど。




【書籍】今日も森にいます。東京チェンソーズ 若者だけの林業会社、奮闘ドキュメント

↑ 東京チェンソーズが本になっています!
田丸さんの働く東京チェンソーズが気になる方はぜひお読みください。 

今回は、春の訪れとともに土を耕し始めたというエピソードや、
都市の人のほうが季節の移ろいを気にしているなど、
おもしろい話がおおかったですね!
今月は金曜日が5回あるので、来週も対談がつづきます!

(取材:宮坂大智)