悪石島七日目です。今日は勇さんに島の観光に連れていっていただきました。シャッターチャンスが盛りだくさんだったので、カメラマン山下さんは大忙しでした。

訪れた場所について、いくつかピックアップして紹介します。(長くなってしまったので時間のある方だけ読んでいただけたらと思います。)

①自然遊歩道

温泉の近くにある自然遊歩道を歩きました。南国のような雰囲気でした。ちなみに悪石島はパンフレットであたかも南国であるかのように紹介されていますが、寒いときは寒い普通の気候です。

地熱があるので植物がにょきにょき生えていました。遊歩道を進むときれいな池が見えてきます。とても運が良い人は、亀がのこのこ歩いているのを見られるそうですが、今回は見られませんでした。

この池は、かつて入江の一部として海とつながっていたそうです。池の底に、海賊船の持ち込んだ金銀財宝が埋まっているという噂があります。誰も掘ったことがないそうなので真相は闇の中です。

トカラ列島には宝島という島もあります。

一説では、海賊が宝物を隠す際、実際に隠した島には、人を近寄らせないため「悪石島」という怖い名前をつけ、別の島に「宝島」とつけてダミーにしたそうです。私が海賊でもそうすると思います。

②牛の共同牧場

牛というのはつまり黒毛和牛です。どの子も美味しそうでした。鼻についている輪っかの色で飼い主を見分けます。島で今一番熱い(金になる)産業は畜産だそうです。昔は一頭30万程度だったのが、今は80万くらいするとのことです。

ここにいるのはメスばかりです。人工受精によって子牛を生ませ、その子牛を別の牧場に売ります。そのため「悪石島ブランド牛」にはならないのですが、「悪石島生まれ」というのが一つのブランドになる日が来たら良いですね。

牛はたまに脱走するそうで、道端に牛の糞が落ちていることもあります。

ちなみに悪石島には野生のヤギがたくさんいて、その糞にも注意が必要です。糞といってもころころした感じなので踏んでもそこまで害はないですが、嫌な人は足元をお留守にはできません。

③対馬丸慰霊碑

昭和19年8月、沖縄の子どもたち700人と一般客1000人を乗せた疎開船「対馬丸」が、悪石島の沖でアメリカ軍潜水艦に撃沈されました。

沖縄の子どもたちの中には、本土で雪を見ることを楽しみにしていた子もいたそうです。現在慰霊碑は島の子どもたちが綺麗に手入れをしてくれています。

ペットボトルのお茶や、なぜかお賽銭として、青く汚れた硬貨もたくさん供えられていました。ヤギがお参りに来ることもあるそうです。戦争を知らない世代は、このような慰霊碑をよすがに、想像力を逞しく持たなければならないと思います。

④神社巡り

悪石島は「神様のいる島」としても有名で、神社(あるいはパワースポット)マニアの方が、神社にお参りするのを目的に悪石島を訪れることもあります。中には、島の神社に来て「ここ夢で見ました」と言う人があるそうです。ちょっと怖いですね。

鳥居をくぐると空気が深く澄みわたる感覚があって、これは確かに神様がいるなと素直に思います。

三つの神社に行ったのですが、それぞれ違った独特の雰囲気を持っていました。

神社の中は基本的に人の手を加えられていないので、木々が自然そのままの豊かな表情を見せています。やたらと太く育っていたり、白蟻に食われて根元が空洞になっていたり、別の木に寄生して根っこを絡み付かせていたり、蔓にぶらさがって宙に浮いていたりします。

悪石島では祭をとても大切にしているそうです。祭といっても賑やかな縁日のことではなく、もっと厳粛な儀式のようなものです。

神様が洗濯をして、八幡宮の入口に立つ松に洗濯物を干すという日には、島を神様がうろうろしているので、人はできるだけ静かにして仕事もせず、夜はほとんど電気をつけることもないそうです。

最後に訪れた神社でお参りをしました。手拍子は三拍です。神社でお参りをすると、「自分の願いは何だろう?」と考えざるをえず、自然に自分と向き合える時間になるので好きです。

⑤「かつて海水浴場だったところ」

悪石島は岩場ばかりで砂浜がなく、泳げる場所がなかったのですが、子どもたちや観光客のために、新しく海水浴場が整備されたことがあります。海まで下りていくための階段、シャワー、トイレ、駐車場まで作られて、観光の目玉にもなりそうでした。

ですが台風が来たときに跡形もなく壊され、簡単には下りていけない場所になってしまいました。(島の人はひょいひょい下りていけるそうですが、一般の人には危険です。)

人の手が入ったことによって、それまで台風がきてもびくともしなかった土地が崩れてしまったということです。自然に人の手を加えるということの意味について考えさせられます。

⑥島の一番高いところ

途中で車を下り、階段とロープに頼りながら島の最高点に上りました。

三角点もちゃんとありました。標高584メートルで、天気が良ければトカラ列島の島々が見えるそうですが、今日は見えませんでした。海も空も白っぽくぼうっとしていて、境界がよくわかりませんでした。

近くに打ち捨てられたような建物があり、葉っぱや根っこがからみついていました。「天空の城ラピュタ」に出てきそうでした。

高いところはやっぱり気持ちいいですね。

愛を叫んでも誰にも聞こえません。

⑦海中温泉

最後に、岩に隠れた海中温泉で足湯につかりました。体ごと浸かりたい場合は水着が必須です。海中温泉は潮の満ち引きによって水位も温度も変わります。朝はぬるかったのですが、お昼前に行くとちょうど良いお湯加減になっていました。

水平線を遠くに望み、波の音を聞きながらのんびりしました。海の遥か向こうに行きたくなりました。

おまけ①

勇さんがお仕事に戻られた後、小中学校にお邪魔しました。

小学校1・2年生、3・4年生、5・6年生、中学1・2年生が複式学級で勉強していました。一つの教室に二つか三つくらいしか机がありませんでした。先生との距離がとても近くて、一人一人が主役になれる学校だと感じました。

私はこういう離島の先生になることを夢見ていた時期があって、教員免許もとったのですが、島にいられるのはせいぜい5年くらいということを知って、就職先は別のところにしました。でも島の先生への憧れはまだどこかにあります。

おまけ②

途中、勇さんのお父さんと道ですれ違いました。(よくお顔が似ていました。) 81歳ということでしたが、実際より20は若く見えました。今も現役で働いていらっしゃるそうです。

悪石島に定年はありません。なのでぼける暇がありません。

また悪石島では、一日の仕事の段取りを自分で考えなければなりません。ますますぼける暇がありません。

都会では、自分の予定が、他人の手によって決められています。それが当たり前であるようにどこかで思っていましたが、決してそうではないですね。

悪石島に来て、自分のことは自分で決めるという基本的なことを思い出すことができました。

おまけ③

悪石島という名前がついているだけあって、島のあちこちに、大きな岩がごろごろしていました。勇さんが何気なく「石は動かせないから仕方ない」と仰っていたのが妙に印象に残りました。

重い石が動かせないのは仕方ない、雨で仕事ができないのは仕方ない、海が荒れて漁に出られないのは仕方ない、伊勢海老が釣れないのは仕方ない。

自分の都合でどうこうできないことは諦めるしかありません。それを潔く「諦められる」島の空気感が好きです。

おまけ④

勇さんに「この島に住む可能性は何パーセント?」と聞かれて、私は35パーセント、山下さんも同じくらいかなという答えでした。山下さんはもともと田舎暮らしに興味があるそうです。

島は皆知り合いで、助け合って暮らすことになります。人間関係が密で濃いです。

お互いのことは何でもわかって秘密なんてないからいい、という見方もできますが、人とある程度距離を取りたいという人には厳しい環境かもしれません。

どんなところで暮らしたいか、というのは、どんな人間になりたいか、という問いにつながっている気がします。

明日はいよいよ最終作業日です。二日間しっかり充電したので精一杯働きます。