北谷で、村おこしボランティア始めました。

村おこしボランティア【北谷モニターコースの様子】

2014年の夏、村おこしNPO法人ECOFFは、福井県勝山市の北谷という集落で初めての「村おこしボランティア」を実施しました。

期間は6泊7日の1週間。全国から男女合わせて8名の参加者が真夏の北谷へとやってきました。

勝山町にある北谷集落の人口は、およそ100名ほど。いくつかの集落が谷のなかに点在しており、なかには人口1人の集落もあります。

しかし意外だったのは、北谷自体が街からほどよく近い場所にあったということでした。

そのため、雪のない季節は北谷で暮らし、雪に静まる真冬は街で暮らすという方や、街に暮らして北谷に通うという生活をしている方もいます。

一度フェリーに乗ってしまえばどこにも行けない離島とは異なる北谷では、これまでECOFFが経験してきたものとは違う地域活性化が見えてくる活動となりました。

今回は、「村おこしボランティア【北谷コース】」のレポートを兼ねて、北谷の活動についてご紹介したいと思います。

 

よみがえった伝統行事「谷のはやし込み」

村おこしボランティア【北谷モニターコース】の様子

村おこしボランティア【北谷コース】は、2014年8月13日〜19日の間に実施しました。

8月15日に行われる伝統行事「谷のはやし込み」というお祭りに合わせるためです。

その「谷のはやし込み」とは、炭焼きが盛んだった頃に「出作り」と言って炭にする木のある山を求めて遠くに行っていた方が、それぞれの行き先で見つけた風俗を模した仮装をして行列を行う行事です。

ちなみに出作りには、冬は村に戻る「季節出作り」というものと、一年中外部にいた「永住出作り」の2種類があったそうで、北谷を含めた白山麓の地域は永久出作りの方がほとんどだったそうです。

なかなか顔を合わせる機会のない仲間同士が楽しむために始まったのでしょう。

伝統行事ではありますが、様々な地域の文化を持ち寄って行列をするというのは、一般的に想像する伝統行事とは異なっていて興味深いと思いませんか?

実はこの行事は村の過疎化のため1972年に一度途絶えてしまいましたが、2000年に復活させたものです。

元々は旧正月の時期の2月16日に行われていましたが、復活の際に区の出身者が帰省するお盆に行われるようになりました。

なお、そもそもの始めりについては、お正月にお宮さんに参るという風習が進化していったと考えられています。

また舞や唄を奉納するのですが、それはお祝い事のときにされるような三番叟(さんばそう)とお神楽(獅子舞)なので、やはり新年を祝い今年も五穀豊穣を祝うという意味合いがあるのでしょう。

30年近く途絶えていたため、再び始めることは大変なことだったようです。

復刻させるということで30年前の衣装を引っ張り出してきたものの、当時使っていた衣装は長年の雨漏れや劣化のため使い物になっておらず、経験者の記憶や昔の写真に頼って一つずつ手作りしていったそうです。

そんな歴史のある「谷のはやし込み」の仮装行列に、今回はボランティアさんにも加わってもらおう! というのが、村おこしボランティア【北谷コース】の一番の目的でした。

 

谷のはやし込み本番にも参加

村おこしボランティア【北谷モニターコース】での谷のはやし込み祭りの様子

村おこしボランティア【北谷モニターコース】での谷のはやし込み祭りの様子

ボランティアさんは到着した翌日から「谷のはやし込み」の準備を手伝い、当日は自ら仮装して行列に加わりました。

残念ながら私は17日に北谷に到着したため、ボランティアさん達の勇姿を見ることはできませんでしたが、写真からは村の方々とボランティアさん達のわくわくした姿を見ることができました。

今年は8人ものメンバーが加わることでいくつかの変化がありました。

一つは、今までは行列のなかにいたため、行列自体を見ることができなかった方が、外から見られるようになったこと。

二つ目は、村の方々が改めて「谷のはやし込み」行列が誇りをもてる行事だと認識できたことです。

地域活性化では言い古された言葉ですが、やはり外部からの視点は、内部にいる人には感じないものがあるのです。

「谷のはやし込み」で外部の人が準備から本番、片付けまで参加するのは初めてのことだったため、現地の方々にとってはボランティアさんにどのように動いてもらえばいいのか戸惑った面もあったようです。

しかし、村の方々も、ボランティアさんの手伝いにとても感謝してくださり、また本番の行列にも加わってもらったことで、楽しい時を過ごすことができたそうです。

また、ボランティアさんは、本番を見るだけでなく準備から参加できたことで、現地の方々の熱い想いを感じることができたと満足していました。

 

住民がいなくなっても地域は残る

しかし、「谷のはやし込み」の舞台である「谷集落」の人口は夏は9人7世帯、冬は7人5世帯だけ。それも高齢のばかりです。

このような地域で今後も伝統行事を維持するようなことが、果たしてできるのでしょうか?

その回答は、表題にもある「消極的地域活性化」とも言える驚きの方法でした。

人口が0になったとしても、そこに訪れる人がいる限り地域は忘れられず、そして消えることはない。

それが、消極的地域活性化の正体です。

 

人口1人の小原集落が体現する消極的地域活性化

勝山市北谷町の冬景色

※写真は北谷町の冬景色

この消極的地域活性化を体現している集落があります。

同じく勝山市北谷にある人口わずか1名! の「小原」集落です。

ここはご高齢の方が1人だけ暮らしている本当の限界集落であるため、いずれ人口がゼロになることは避けられない現実です。

雪国にある集落の人口がゼロになるということはどういう事でしょうか?

それは、冬の間の除雪ができなくなることです。

除雪ができなくなれば、冬の間は完全にその集落に行けなくなり、雪の重みで建物がつぶれてしまうこともあります。

そうなってしまっては、雪のない季節ですら存在を忘れられてしまうかもしれません。

小原には小原の歴史と伝統文化があります。しかし、人口がゼロになるのは避けられない事態。いったいどうすればいいのでしょうか?

そこで小原では、大学と連携した空き家修復プロジェクトが行われています。

例え人口が0になったとしても、こうしたプロジェクトが存在し、そこを訪れる人がいる限り地域は残る…。

それが、北谷で実践されている「消極的地域活性化」の方法でした。

 

地域活性化にも、いろいろある!

谷集落も、遅かれ早かれ誰も住まない集落になる可能性があります…。

しかし、悲しむ必要はないのかもしれません。

やがて集落に人が住まなくなったとしても、谷のはやし込みを続けたいという思いがあるのならば、集落の外からやってくる人と一緒にお祭りを作り上げれば良いからです。

私たちは「地域活性化」というと「移住者を増やす」「仕事をつくる」といったことばかり考えがちです。

ですが今後の日本の人口が減っていくことが分かっている以上、それだけではいずれ限界がやってくるでしょう。

もちろん、集落に人が増えるに越したことはありません。しかし、その一面だけを考えずに、裏側に隠されている方法にも真剣に向き合う必要もあるのです。

 

北谷の皆様、モニターの皆様、ありがとうございました

村おこしボランティア【北谷モニターコースの様子】

さて、今回はモニターツアーとして実施した「村おこしボランティア【北谷モニターコース】」でしたが、今後は春に1回、夏には最大4回実施するということで話がまとまりました。

私たちのボランティア活動は、すぐに成果の見えるものではありません。ですから、10日間で地域活性化なんてできっこないという厳しい意見もいただきます。

けれど、何もしないよりはきっと役に立っているはずですし、「若い人がいつもいる」という状況を作ることは村にとって何よりの「元気の源」であるとも言えます。

今回モニターツアーを一所懸命に作ってくださった北谷の方々、そしてモニターとして協力してくださった方には大変感謝しています。

それでは、今後のECOFFと福井県勝山市北谷町の活動を温かく見守り、時には一緒に汗を流していただければと思います。